松永は、はきものの町として有名ですが、近年までは塩田の町としても名を広めていました。
江戸時代、遠浅の海を干拓してはじめた塩作りは、長い間松永の中心産業でしたが、
時代の流れの中でその歴史を閉じました。
明治時代初期、塩を煮詰める薪材の利用から
下駄作りを始め、全国に先駆けた機械化により日本一の大産地となりました。
松永の下駄は、手頃な大衆下駄として親しまれてきましたが、
生活様式の変わる中で現在では、その技術をサンダルやスリッパに生かし続けています。
羽原川沿いの古い町並みが特徴的で、今でも羽原川に下駄の材木が上がってきます。

平成5年(1993年)商店街活性化事業の一環として、
JR松永駅北口商店街のメインストリート約150メートルを使って障害物競走を行いました。
翌平成6年(1994年)同事業の一環として、松永商店連合会青年部が下駄工場の協力により、
JR松永駅南北商店街を会場にして第1回ゲタリンピックが開催されました。
以来今年でゲタリンピックも15回を数え、地域の大きな祭りへと成長してまいりました。
ゲタリンピック詳細はこちら>>

「日本はきもの博物館」は、明治11年(1878年)に
松永下駄産業100年を記念して設立した博物館です。
日本のはきもの約11000足、世界のはきもの約2000足を収蔵し、約1500点を展示しています。
「日本郷土玩具博物館」では、日本・世界の郷土玩具
50000点を収蔵し、約1万5000点を展示しています。